1.5 新しい大学図書館のサービスの在り方
     −−「顧客満足型サービス」の設計のために

       図書館情報大学助教授 永田 治樹 

                                     
(要旨)
1.はじめに
 大学設置基準の改正以来、自己点検・評価活動の成果としてかなりの数の図書館独自の報告書が作成された。この際、
図書館の活動を関係方面に理解してもらおうというねらいもあるのだろう。確かにこうした報告書は、周囲の支援を得
るための格好の手がかりである。しかしその意図は、報告書の本来の任務(組織としての「アカウンタビリティ」(説
明義務))を果たすことによって達成されるものと考えるべきである。
 図書館(以下、大学図書館を単に「図書館」という)の場合、説明すべき最大のテーマは、実施しているサービスの
適合性や充実状況である。実際、いくつかの自己点検・評価報告書では、利用者に直接に接するところのいわゆるサー
ビス活動に焦点をしぼり、実施しているサービスの品目や整備状況、実施件数等を中心的に記述し、さらに今後図書館
がどのようにサービスを展開しようとしているかを説明している。
 しかしなお、その種のものが一般的となっているわけではない。また図書館の自己点検・評価報告書の現状を概観し
てみると、これまでのところ次のような問題点がみてとれる。

   1図書館サービスの評価のあり方
   図書館活動の指標が、情報の蓄積量などのいわばインプット側の統計に偏っており、利用実績との関連の把握や、
  サービス活動(アウトプット)の評価が不十分である。

   2サービス活動の展開
   インプット側に偏った見方は、サービス活動の不明確な位置づけを反映していると思われる。図書館は情報の蓄
  積と組織化はするが、利用者の情報アクセスを支援する活動の取り組みが弱いのではないか。

  1は、図書館活動の適否はともかくその評価方法の問題であって、もっぱら報告書の出来具合にかかわる点である。
他方 2は、図書館サービス展開そのものであって、基本的な点を指摘している。いずれも問題なのだが、ここでは、 2
について考える。

2. 図書館活動の変化
 学術情報は、研究活動のサイクル(研究−議論−評価−研究)に沿って、情報生産者(研究者)から情報消費者(研
究者)へ循環する。図書館は、その流通過程にあり、学術情報の中継拠点としてそれを収集し、組織化し、提供する機
能を果たす。
 図書館は、これまで学術図書や学術雑誌を包括的に収集、蓄積し、必要な文献情報の提供を基本的に保証する体制を
とってきたのである(そのために、図書館はできるだけ大きなコレクションが必要であるということになり、実際全世
界の文献や知識が図書館になければならないといういわゆる「総合図書館(general library) 」の観念が残っている) 。
  しかしながら、学問・科学研究の発展に伴って学術情報は幾何級数的に増加し、学術情報の流通に関わる図書館など
の機能(組織)はその対応に迫られ、急速に活動のあり方を変えつつある。
 例えば図書館では、急激に増大する学術情報を把握するため、書誌コントロールの改善が共同作業で進められたし、
またそれとともに利用者の要求する情報を確保するために、図書館同士補完し合う図書館間協力(Inter-Library Loan) 
が推進され、新しい運営原理(所蔵よりもアクセス)への転換が始まっている。
 より広範なそして基盤的な変化は、コンピュータをはじめとする情報処理技術や通信技術の急速な進展による、新し
いディジタル・メディア(とりわけ情報ネットワークの進展)によってもたらされた。その成果により、情報の生産者
から消費者への直接的な伝達手段(研究者間のブレティン・ボードや学会の電子ジャーナルなど)が構築されたり、情
報を編集し、複製し、配布する機能領域では電子出版(オンライン・ジャーナルやCD−ROM出版など)が行われる
ようになった。また図書館などの情報サービス機関でも電子的情報サービス(ドキュメント・デリバリー・サービスや
各種のゲートウェイ・サービスなど)が実稼動し始めている。当分新しい情報技術の趨勢は衰えそうもなく、今後の学
術情報の流通態勢や、図書館サービス活動のあり方に引き続き影響が及ぼそう。

3.新しいサービス展開とマーケティング
 図書館活動はこれまで、紙媒体の学術情報の収集とそれらの目録整備にその主力を注いできた。図書館固有の活動は
したがって情報の組織化で、利用者は作成されたツールを上手に使えば求める情報が得られるという対応だった。つま
り、情報の総体が図書館でほぼ把握でき、それを入手できる限り、図書館サービスは利用者の要求に応える態勢整備だ
ったのである。
 しかしながら、近年の研究活動の急速な進展や学際化などによる領域の拡大により、またそれに伴う情報の量的な増
大や媒体の多様化によって、利用者にとって情報の的確な探索や入手が深刻な問題となっている。
 そのために図書館の新しいサービス展開が要請された。新しい展開とは、旧来の資料や新しいディジタル情報の提供
を前提として、それらをどのようにサービスするか、つまりどのような利用支援を行うかに焦点をあてるものである。
図書館としてはこれまでも実際的にはこのような部分を担わざるをえなかったから、漸次軌道を修正してきたところで
もあるが、図書館活動の「本筋」からいえばそれは延長上にあるものという位置づけだった。しかし所蔵の如何を問わ
ないアクセスサービスを含め多様化したサービス品目を、同時に多様化している利用要求に対応させることが求められ
ており、今やこの任務が図書館の第一義的な活動領域になりつつあるといってもよい。
 他方、これまで学術情報の流通過程に関わってきた各機能主体(研究者、学会、出版者、書店など)もそれぞれ、学
術情報流通の改善方法を模索しており、そのあり方次第によっては図書館サービスと相互に競争し合うことさえ想定さ
れる。例えば、これまでもILLサービスなどにおいて、どの館を選ぶかといった選択の問題が、ILLサービスと商用の
CAS-IAS(Current Awareness Service - Independent Article Supply)との競合で表面化したようにである。今後は,
経済性はもちろんのこと、入手容易性、迅速性、あるいは各種の利便性など様々な条件が、サービスの比較要素となる
であろう。こうした状況では、要求内容に応じた情報アクセスが用意されるだけでなく利便性も高くなければ利用者は
図書館への依存を低下させるだろう。
 このように、新しいサービス展開のための行動計画を急ぎ設計する必要がある。この設計は、これまでのように図書
館内業務の問題としてよりも、利用者・顧客を第一に考える、企業活動でいうところのマーケティングの視点によらね
ばならない。
 マーケティングは「個人と組織の目標を達成する交換を創造するため、アイデア、財、サービスの概念形成、価格、
プロモーション、流通を計画・実行する過程」(全米マーケティング協会、1985年)と再定義されたように、今日では
個人ないしは組織の互恵的な交換パラダイムとして規定されるものである。図書館の場合でいえば、図書館は利用者の
要求に対応しサービスの提供、つまり利用者へのいわば価値の移転を行い、図書館もまたその社会的存立、つまり組織
の存在妥当性を獲得するという形で相互の価値の交換を実現する。
現在の図書館では資料組織化のみに注目しすぎていることはないだろう。しかし新しい状況においてそれに代る図書
館サービスのあり方を、わが国の図書館はこれまで十分には検討してこなかったように思う。改めて、マーケティング
の視点から考えてみる必要があるのではないか。

4.ソーシアル・マーケティングと顧客満足
 1960年代の後半から、企業の性急な売り込みなどによって生じたツケが社会コストして顕在化するようになり、企業
は強い批判を浴びた。このような状況から、本来顧客満足であるべきマーケティングとは一体なんだったのかという反
省を踏まえて、企業は社会的責任を自覚してその活動を展開すべきであるというソーシアル・マーケティングが70年代
に唱えられるようになった。実は、このソーシアル・マーケティングは、「ビジネスは単に利潤を求めるのではなく、
顧客創造を目的とすべきである」という、顧客満足・顧客志向を中軸とするマーケティング(P.ドラッカー)を改めて見
直すものであったが、それとともにビジネスの世界において展開されてきたマーケティングを、社会的存立意義のある
いわゆる非営利組織の活動に広めるきっかけともなった。
 教育研究活動のために存立している大学の図書館は、紛れもなく非営利組織である。非営利組織は、利潤を追求して
いるわけではなく、その使命に基づき活動するものである。図書館についていえば、教育研究の支援という使命があり、
それに向けてサービス活動は展開されねばならないわけである。ただし、非営利組織が、使命を奉じる「善き意図」に
満足して、しばしばそれを結果の代用としてしまうようなこともないではない。そのような非営利組織においては、事
業を本来の目的に沿って展開しなければならないが、営利企業の利潤の獲得に代わって、上記でのべたようにサービス
の提供、つまり顧客満足がその直接的な目標となり、かつその実効性の指標となることに着目すべきである。
顧客の満足とはどのようにとらえられるものであろうか。

 顧客満足の構造仮説と統合戦略(嶋口充輝)
   1機能充足仮説
   本質サービス(機能)と表層サービス(機能)
   サービスの充実度と満足度の関係
   2機能代償仮説
   本質・表層サービスと満足との関係(満足のピラミッド)
   満足の最大化=底辺を広くするか、高さをあげるか
    3知覚矯正仮説
   サービス水準と認知評価
   期待イメージの形成

   満足空間マップの確定とその対応
   その実現のための経験(権限委譲、組織対応、管理評価システム、組織ビジョン)




   図 消費者満足の単純化モデルと戦略対応例
  ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
  ┃   I. 不満足空間        ┃   II.  満足空間         ┃
期 ┃                   ┃                   ┃
 高┃   戦略1) 改善戦略        ┃   戦略1) 維持戦略        ┃
  ┃   戦略2) 無関心化戦略      ┃   戦略2) 表層機能強化戦略    ┃
待 ┃                   ┃                   ┃
  ┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┫
  ┃  III.  潜在的不満足空間     ┃   IV.  潜在的満足空間      ┃
水 ┃                   ┃                   ┃
 低┃   戦略1) パフォーマンス・期待  ┃   戦略1) 期待上昇戦略      ┃
  ┃       強化戦略        ┃   戦略2) 稼動削減戦略      ┃
準 ┃   戦略2) 低プライオリティ戦略  ┃                   ┃
  ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
            低                   高
              パ フ ォ ー マ ン ス 評 価

5.新しい図書館サービスの設計のために
 情報ネットワークの進展を踏まえて、多くの図書館が極めて積極的に新しいサービスの開発にとりくんでいる。現在
は新たなサービス展開へのいわば転換期にあるといえよう。マーケティングとは、まさにこのように環境が変化し、組
織が方向を転じようとするときに、その価値を発揮するものである。そこで、4の構図を参考にして図書館のマーケテ
ィング戦略、新しい図書館サービス設計を試みられたい。
 各図書館のおかれている状況は、それぞれ異なるであろうから、各図書館の状況に応じたマーケティングを展開する
必要がある。とりあえず一般化しうる二つの点を次にコメントしておく。

   1サービス開発について
   現在開発すべきサービスは、すでに3において大筋ふれたように、利用者の要求したものであり、それを形にし
  てサービス需要を引き出す展開が望まれている。だが、図書館には、ある意味でこれまでサービスが明確にとらえ
  られていないと述べてきた。そこでまず、図書館サービスの品目を列挙して、その広がりをみておく作業が必要で
  あろう。
   図書館的な尺度で拾い上げる方法もある。しかし新しい観点からの洗い出しが有効であるかもしれない。本質サ
  ービスにあたるものや表層サービスにあたるといった列挙の仕方、緊急性の高いものといった分類、基盤的かどう
  かといった様々な観点から思いついたものを列挙してみたらどうだろう。
   また、これまで行われてきたサービス品目にあっても、それが十分に展開されていないものがあり、その中で本
  当は要求度が高いが、サービスの質が劣ったり、利用者の要求に到達していないために発展しないものもある(宅
  配便)し、あるいはポイントを変えたり、組み合わせれば新しいサービス品目が生まれるかもしれない(情報誌と
  チケット販売の組み合わせ)。
   こうした作業によって、図書館のサービス範囲が概観できる(この一連の作業は図書館員だけでなく、当然のこ
  とながら利用者等に照会すべきである)。そうした中から、最も顧客満足できるサービス状態を描き、その中で相
  互のサービス項目の調整や、これまで実施していなかったものの開発に着手することになる。

  2利用(者)把握とサービス・プロモーション
   わが国における図書館コレクションは、その形成が主に各教員に委ねられている現状からいえば、図書館が独自
  に処置できる範囲の限定される最も難しい課題である。しかし、新しいメディアの出現(2次データベースだけで
  なく、学術雑誌等もディジタル媒体で購読される)とともに、その利用形態や収集の条件が変わりつつあり、改め
  てコレクションをどのように形成していくかを考えてみる段階に至っている。
   問題はいかにして各利用者の声を大学コミュニティの意見として調整していくかである。予算制度の問題もから
  みその調整はなかなか難しいが、図書館が利用者の大方の意向をつかめるとすれば、新たなコレクション形成の方
  針が設定できよう。もちろんこのような調整は、通常説得だけでできることではない。例えば、コレクションの利
  用サービス態勢(例えば図書館が強力な情報サーバーを持ち、ネットワークを通じてサービスを行う)の提言や、
  サービス試行の効果を綿密な調査で示したものなどが新たな判断材料である。利用の把握、利用者の把握がなされ
  ている場合には事態は進展する。
   また、逆にこうした情報サーバーによるサービスが行われても、その利用実績をあげることができないケースも
  ある。本質的には利用の程度はデータベース自体によるが、サービスの価値を利用者が認知していないことも少な
  くない。図書館はサービス・プロモーションを積極的に推進すべきである。

 参考文献:嶋口充輝『顧客満足型マーケティングの構図』有斐閣, 1994. 238 p.