京極夏彦


野崎六助『超絶ミステリの世界 : 京極夏彦読本』情報センター出版局, 1998
「『絡新婦の理』において、一つの技法が完成されたことは、熱心な京極フリークのよく知るところだ。
 ノベルス版は、23字×18行の二段組み。ページを見開くと23字×18行のコマが四個並ぶわけだ。その箱すべてが、改行と段落で独立している。文章のつづきが他の箱に(またが)っていないのだ。各四個の箱が段落で仕切られている。
 その前作の『鉄鼠の檻』では、同ページの上下にわたって文章がつながるところはあっても、左右の箱では、つまり各ページごとにおいては、すべて段落改行となっている。その前の『狂骨の夢』もほとんどは、そのかたちで処理されていたが、文章が次のページに跨っている箇所はごく少なくても、残されていた。
 こうしてたどってみると、コマ割りの改装に、ことのほか作者がこだわってリフォーム進化の跡をみせてきたことがわかる。『理』より以降の作品は、すべて文章の途中が〈ページを跨らない〉ことを原則において書かれている。」(p. 239)
「 第一作である『姑獲鳥の夏』には、こういった文体操作が、まだ、施されていない。これを完璧にリフォームすることによって、文庫版『姑獲鳥の夏』は産み出されたのである。」(p. 240)
「 文庫版『姑獲鳥の夏』は16字×41行のすべてのページを改行、段落で仕切ってある。ページとページを跨る無作法な文章はない。本を見開いたたたずまいは眺めていて端正である。不注意な読者はページをとばしてめくっても気づかないかもしれないが。」(p. 241)

『朝日新聞』1999年8月16日(月)夕刊の芸能欄に、京極夏彦原作のドラマをWOWOW(日本衛星放送)が制作発表したという記事が載っていました。
「京極夏彦 怪」と題した怪奇幻想の時代劇で、京極夏彦が新作を書き下ろし、年末年始から3か月に1本のペースで4話放送するとのこと。
この記事には、「京極作品が映像化されるのは初めて」と書かれていましたが、これは誤りで、テレビドラマでは、
「目目連」(京極夏彦原作/新和男脚本/伊坂聡監督)1997年12月14日(日) 0:40-1:10 a.m. テレビ朝日『幻想ミッドナイト』(第10夜)
があり、また、水木しげる原作のアニメーション
「言霊使いの罠!」(京極夏彦脚本/金銅博之監督)1997年12月28日(日) 9:00-9:30 a.m. フジテレビ『ゲゲゲの鬼太郎 スペシャル』
は傑作で、京極夏彦自身が声の出演もしており、関連図書
水木しげる, 京極夏彦 著『水木しげるvs.京極夏彦 ゲゲゲの鬼太郎解体新書』講談社, 1998年
も出版されています。
『姑獲鳥の夏』から始まる京極堂(中禅寺秋彦)のシリーズで、以前の作品の事件や人物に言及している箇所に出会うたびに感じるのは、過去のストーリーや人名を忘却しているため、どの作品にどんな役柄で登場した誰のことだか思い出せず、せっかくの緻密な伏線(なのだろうとは思うものの、1冊読み終わらないうちに既に途中までの話の細部を次々に忘れていっているので、本当に緻密なのかあるいは破綻しているのか、あまり良く認識できずにいる)を読み取れないもどかしさです。
京極夏彦『百鬼夜行 − 陰』1999 (講談社ノベルス)
は、シリーズ作品で脇役として登場してきた人々をめぐるサイドストーリーの短篇集で、かなり読み易い本だと感じましたが、と同時に、もどかしさを最も強く感じた1冊でした。
かといって、あの分厚い作品群を過去に遡って読み返すには気力と体力が必要で。
最初から人物索引を記録しながら読んでおけば良かった、と残念に思っています。
反面、過去の記憶が曖昧なのは、現実生活でも同様なので、あやふやな記憶と共に読んでいくのが、かえって正しい読み方なのかもしれません。
Last updated: 2012/05/21 [林哲也]