目次へ | トップへ

日本美術院洋画部
[読み] にほん びじゅついん ようがぶ
[始年] 1914-
[終年] 1920年
[Y1] 1914年、岡倉天心の死を機に日本美術院再興。横山大観、小杉未醒らで検討されていた自由研究所の要素も含む進歩的な姿勢があり、日本画に加えて、洋画部、彫刻部設置。洋画部は小杉のみ同人。その後、文展系や草土社、二科系の作家たちの出品も認めた。東洋的感性が濃厚で油絵と日本画の融合を目指す傾向があったが、長い歴史を持つ日本画部との間に食い違いが生じた。
[Y2] 1920年、洋画部主催フランス現代美術展を第七回展中に開催。ロダンの「考える人」陳列。これを巡り日本画部と対立、会期中、洋画部同人は脱退。主な作家:小杉未醒、山本鼎、森田恒友、萬鉄五郎、足立源一郎、椿貞雄。(「近大日本美術の軌跡展」ほか参照)。
[URL] 主題分類へ