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京都市美術工芸学校
[読み] きょうとし びじゅつ こうげい がっこう
[始年] 1894-
[終年] 1901年
[Y1] 1894年8月、絵画科、工芸図案科、彫刻科の三科から成る京都市美術工芸学校と改称。教授として地元の菊池芳文、谷口香嶠、竹内栖鳳に加え、東京美術学校出身の大村西崖、横山大観等を採用。
[Y2] 1894年、シカゴ万博へ出品、生徒作品が銅牌受領。
[Y3] 1895年10月、漆工科蒔絵部、*キュウ*漆部を設置。
[Y4] 1899年、工芸図案科を図案科と改称。各科の修業年限4年、修業年限2年の専攻科設置。
[Y5] 1900年、竹内栖鳳、パリ万国博覧会視察のため渡欧。
[Y6] 1901年5月、文部省令により校名を京都市立美術工芸学校と改称。
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