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京都府画学校
[読み] きょうとふ ががっこう
[始年] 1880年
[終年] 1889年
[Y1] 1878年、田能村直入、京都府知事槙村正直に画学校設立の陳情書を提出。翌年、京都府知事,画学校設立を文部省に届け出。
[Y2] 1880年、京都府画学校(現京都市立芸術大学)設置。東宗(日本写生画・大和絵、教員は望月玉泉)、西宗(西洋画、教員は小山三造)、南宗(文人画、教員は谷口藹山)、北宗(狩野派・雪舟派、教員は鈴木百年、幸野楳嶺)の4科を設定し創立。その後藹山に代わり池田雲樵が、小山の後任に田村宗立、疋田敬蔵が着く。
[Y3] 1888年、東・南・北の各宗を東洋画、西宗を西洋画と二種に区分し、それぞれに普通画学科、専門画学科の二学科を置き、応用画学科もあわせて三学科に再編成し修業年限も5年となる。
[Y4] 1889年の市制実施により、京都市に移管し、京都市画学校と改称。 | 京都市立芸術大学芸術資料館公式サイトを参照のこと。
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