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外光派
[読み] がいこうは
[始年] 1894-
[Y1] 1893年、黒田清輝、久米桂一郎、フランスから帰朝後、明治美術会展覧会で、洋画の新旧の対立が明確となる。黒田は師ラファエル・コランより印象派的な表現を導入したアカデミズムなどを学んでいた。明治美術会における対立により、旧派は脂派。・変則派などと、新派は紫派・正則派などと呼ばれたが、やがて後者を外光派ともいうようになった。
[Y2] 1896年、黒田たちは明治美術会を離脱して、白馬会を組織し、洋画界の主流となった。
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