文書管理の試行錯誤 : 事務職員の立場から

Trial and error in records management : from the viewpoint of an ordinary office worker.
0. 本稿の目的
1. 整理整頓
1.1 不要文書の廃棄
1.2 机の上を空にする
1.3 頭の中も空にする
1.4 紙屑
2. 文書の保管
2.1 平積みを避ける
2.2 封筒に収納する
2.3 箱詰めにする
2.4 バインダーに綴じて書架に並べる
2.5 文房具
3. 分類
3.1 客観的分類の不可能性
3.2 機能主義的分類
3.3 標準分類表
3.4 第二次排列
4. 文書の形式
4.1 用紙の大きさ
4.2 とじしろ
4.3 書誌事項を付記する
4.4 日付を付記する
4.5 番号の付与
4.5.1 ページ番号の不便
4.5.2 内容による番号の付与
5. 業務マニュアル
5.1 業務マニュアルの作成
5.2 引き継ぎは,口頭よりも文書で
5.3 積み残し
5.4 業務処理
5.5 独創性
6. 本の読み方
6.1 本に書き込みをしない
6.2 書き込みをする代わりに,メモをとる
6.3 傍線を引く代わりに,筆写する
6.4 自分の名前も書き込まないこと
6.5 読書記録
7. 文献リストについて
8. 結び

参照文献

0. 本稿の目的
   文書管理,ファイリング,情報整理法,知的仕事術,等々のテーマをめぐっては,既に多くの著作が刊行されており,実効ある方法論,示唆に富む指摘も数多く見られる。しかしながら,そこで諸家の推奨している方法は,一般読者が実践してみようとしたとき,そのままうまく機能するものだろうか。
   たとえば若い頃に,この種の著作を読んでその気になって,新聞の切り抜き,発想メモ,読書記録等の作成を試みて,中途挫折した経験に,身に覚えのある人も,少なくないのではなかろうか。執筆の場を恒常的に持つ文筆業者や,頻繁に講演やスピーチの依頼を受ける役職者といった,特殊な一部の人々の場合は,せっせと収集・記録した情報を,有用な素材として活用する機会もあるだろう。しかし,われわれ大多数の一般人の場合は,使うあてもない情報をただむやみに集積しても,それを活用する場を持ち合わせていなければ,空しい努力に終わり,無価値な徒労となる。
   既存の類書の多くは,われわれ一般人が読んでも啓発される部分が少なくないが,いざ実践への適用となると,ジャーナリストや研究者等,文筆活動に職業的に携わる人々に適したレベルのものと思う。ビジネスマン向けの啓発書も,本当にそのとおり実践できる人,あるいは,それを実務に役立てている人が,どれほどいるだろうか。
   他方,職責上の文書管理者(注1)のための手引書も,いくつか刊行されているが,これも,一般職員の実務には,やや専門的に過ぎる。
   本稿の目的は,ごく普通の事務職員の立場で,文書管理を再考することである。また,業務マニュアルの重要性についても言及する。

1. 整理整頓
1.1 不要文書の廃棄
   文書管理の基本は,捨てることにある(注2)。何でもかんでも保存しておいては,いくら置き場所があっても足りるものではない。たとえ保管場所が無限にあったとしても,不要文書を混在させたまま無秩序に保存された文書の山は,必要文書の迅速な検索を阻害する。
   自身の管理能力の容量を超過した過剰在庫を抱えるのは,破綻の元凶である(冷蔵庫内で食料品を腐らせる場合に似ている)。管理対象が最小限になるよう,日頃から処分し続けることをこころがけたい。
   ただし,廃棄を実行する際には,法律や内規で定められた保存年限を遵守すること,および,職場の上司・同僚の確認・承諾をとることに留意しなければならない。
1.2 机の上を空にする
   文書は,なるべく個人では持たず,共用の事務用書架に配置するようにすれば,情報資源の共有化,および,作業スペースの確保,といった効果がある。
   情報資源の共有化によって,直接の担当者の留守中でも,外部からの照会にも,ある程度は対処できるようになる。また,業務文書の中には,担当者以外にも参考資料として有用なものが少なくない。さらに,文書共有化の促進により,各個人が同じ内容の文書を重複して持つ無駄を減らすことで,職場全体の保管スペースの節減にもつながる。
   個人の分担業務に属する文書は,往々にして,個人の事務机の上に保管することになりがちだが,半私的空間の気安さから,整理の緊張感を欠き,ともすれば乱雑になる。
   乱雑にしていても(散らかしているからこそ)創造的な仕事ができるのだ,という主張は,芸術家や研究者(独創を業とする者)の場合はともかく,実務に従事する事務職員(他者との共業・協働を前提とする勤労者)には,ふさわしくない。
   気を緩めることのできる私的空間,ゆとりというものも,人間には必要であることは,事実だろう。しかし,それならばこそ,業務文書はなるべく,個人机には保管しないようにしたい。
   個人机に文書を保管しないことによって,各自の作業スペースが広く確保できるようになることの意義も大きい。
1.3 頭の中も空にする
   人間の記憶は,あやふやで不確実なものである。自分の頭の中の記憶は頼りにならないということを自覚し,「記憶せずに記録する」(注3)を実践すれば,安心して忘れることができる。
   記憶を外部記憶装置に委ねることによって,頭の中の作業スペースも,広く確保できる。working memory は,なるべく all clear にしておきたい(注4)。
1.4 紙屑
   用済みのメモ用紙等は,一般ゴミに混ぜて捨てないことを勧めたい。廃棄予定の紙専用の一時保管袋へ入れておけば,自動的にバックアップ・ファイルになる。さっき捨てたメモを,もう一度確認したい,というようなとき,生ゴミを掻き回さずに済む。
   また,紙というものは,丸めてくしゃくしゃにすると,むやみにかさばるものである。ゴミの体積を無意味に増やさないこともこころがけたい。

2. 文書の保管
2.1 平積みを避ける(注5)
   ここで,文書が平積みで山を成した状態を想定しよう。この山は,自分が積み重ねてしまったものかもしれないし,前任者の置き土産かもしれない。このまま放置しておいては,検索も困難。やがて雪崩をおこす。途方に暮れて呆然としていても仕方がないので,なんとか片付けることを考えよう。
   内容の仕分けに着手する前に,まず,ブックエンドか何かを持ってきて,全体をとりあえず垂直に立てる。次に,端から少しずつ,扱いやすい分量を切り崩して,要/不要を判別していく。山になっていたような文書は,大部分は不要と予想される。捨てながら大まかに分類していき,捨てずに残った少量の文書を,然るべくファイルすれば片付く。
2.2 封筒に収納する
   封筒への収納は,多くの論者が推奨してきた整理法であり,それなりの有効性はある。しかし,個人が主体の場合の情報整理には有効でも,そのまま業務上の共用ファイリングに適用するわけにはいかない(注6)。
   封筒に収納すると,中身の一覧性を阻害する。内容を端的に表す見出し語で命名するような,レッテル貼りの技能を伴う必要がある。
   また,業務上の共用ファイリングには,ある程度の分類は必要不可欠である。
2.3 箱詰めにする
   大量の不活性文書の保管には,箱への収納も,やむをえない場合がある。しかしそれは,内容の一覧性を大いに阻害することになる。よほどうまくレッテル貼りをしないと,棺桶への埋葬(死蔵状態)になる。死蔵して無駄な保管スペースを占拠するくらいなら,最初から全部まとめて捨ててしまっておいた方が良い。
   もし,真に保存価値のある文書を,どこかに置いておく場合は,使用頻度が低いからといって,奥深い場所に単純に収蔵してはならない。日頃使わないものは,つい,奥の方へしまい込むことになりがちだが,あえて目立つ場所に配置しておくことにより,その存在が忘却されることを回避し,後日,保存の必要が消滅した際の廃棄も,適時に実行できる。もし,倉庫に類する場所へ収蔵する場合は,内容と所在を明示した記録を作成し,しっかり維持管理する必要がある。
2.4 バインダーに綴じて書架に並べる
   ルースリーフの加除式ファイリングは,一覧性にもすぐれ,検索も比較的容易である。
2.5 文房具(注7)
   文書整理に関する従来の諸家の著作では,保存に有害な文房具についての注意は,ほとんど全く言及されていない。
   まず,セロテープ厳禁,ということだけは,強調しておきたい。セロテープは,数日間以内の用途に限って使用すべきものである。長期保存資料にとっては,最低最悪の素材といえる。月日の経過に伴って粘着力を失うのみならず,紙を茶色く汚損する。
   長期保存資料でなければ,セロテープではなく,補修用に開発されたメンディング・テープでも可だが,なるべくなら,化学糊を避け,大和糊を使用することが望ましい。
   文書にクリップやホチキスを付けたままにして数か月も放置すると,鉄は錆を生じ,紙面を汚損する。とはいえ,ホチキスの簡便さは捨て難く,こより紐で綴じるのは,やや手間がかかる。長期保存を予定しない文書には,ホチキスを使用しても良いだろう。
   要するに,いつまで保存するつもりかによって,文房具を使い分ける必要があるということだ。
   輪ゴムも,意外に短時日で自然融解して,紙面を汚損する。資料を輪ゴムで束ねて何か月も放置してはならない。

3. 分類
3.1 客観的分類の不可能性(注8)
   単一基準による客観分類は,原理的に限界があり,また,実際使いにくい。とはいえ,なんらかの分類なしには,文書整理はできない。
3.2 機能主義的分類
   個々の事物は,ある分類項目に固定的に所属するのではなく,その都度の使用の動態的連関の中で,他の事物と共に,あるまとまりを形成する。要するに,いわゆる「一件文書」,一緒に使うものは一緒にファイルする,ということだ。利用の観点による使いやすさを優先するのである。
3.3 標準分類表
   既製の標準分類表が利用可能な場合は,なるべくそれに準拠する方が良い。分類表に多少の不満があっても,自己流の変更を加えない方が,外部システムとの互換性をはじめ,利点が多い。
3.4 第二次排列
   同一分類内での第二次排列が必要な場合は,時間軸または固有名詞を利用すると,排列位置も決めやすく,検索も容易となる。

4. 文書の形式
4.1 用紙の大きさ
   B4判以上は扱いにくい。保管場所の都合上,折り畳むことになりがちだが,折り畳むと,さまざまな不都合を生ずる。まず,一覧性を妨げ,折りをいちいち開かないと読めない。折り目は開閉のたびに擦り切れていき,長期間の保存に不適である。また,折った箇所が,ふくらんで,かさばる。
   再度のコピーの撮りやすさという観点からも,A4判またはB5判の片面プリントが,最も扱いやすい。
   物理的な文書量の減量効果から,両面コピーを推奨する意見(注9)もあるが,片面コピーの方が,一覧性に優れ,また,縦書き/横書きの文書を単一の順序に混配できる利点がある。
   雑誌記事等は,通常は素直に見開き2ページずつでコピーし,山折りにして綴じた方が扱いやすい場合が多いが,あえて1ページずつA4判またはB5判の用紙サイズでファイルすることもできる。
4.2 とじしろ
   穴を空けてフラットファイルに綴じるのを前提とした余白の幅を確保することを習慣づけたい。ただし,とじしろに気をとられ過ぎると,往々にして,ミスコピーをたくさん作ってしまうことがある。
4.3 書誌事項を付記する
   刊行物からのコピーや切抜には,出典の書誌事項を必ず付記すること。
4.4 日付を付記する(注10)
   日付の記載されていない受信文書には,自主的に年月日を付記しておく。受信後,即座に記入することが肝心。日付の付記は,名刺や手紙の整理にも有効である。曜日も付記しておけば,うっかり日付を誤記したエラーの発見に,効果がある。
   内部作成文書には,日付の付記が必須である。作成途上の文書(案)は,どれが最新版か見分けがつかなくなり,混乱しがちである。特に,手書きの文書に較べて,ワープロによる草稿は,一見そっくりな異版が次々に生じてしまい,紛らわしくなる。
   「第n版」といった命名には,番号を付け誤る危険が伴う。時間軸は,識別同定には最強の手段である。同一日付内の改訂版の区別には,時刻を付記すると良い。
4.5 番号の付与
4.5.1 ページ番号の不便
   加除式ファイル文書を,ページ番号で管理しようとすると,枝番号あるいは数字以外の記号の工夫が必要となり,複雑になってしまう(たとえば,加除式の法令集のように)。ページ番号は,本来,紙にプリントアウトした場合の物理的な番号付けに対応するものであり,電子ファイルを画面上で参照する際には不要で,かえって邪魔になる。
4.5.2 内容による番号の付与
   ポイント・システム(注11)で見出しを立てれば,自動的にインデントされた見出しが得られ,また,内容の理路も明晰になる,といった効果がある。

5. 業務マニュアル
5.1 業務マニュアルの作成
   業務手順は,異動に際してのみならず,日頃から文書のかたちにまとめておき,常に更新しつつ日常業務を遂行することにより,業務の一貫性および品質の維持に資するものである。
   マニュアルの維持更新には,日々の実践が重要である。文書整理は,年度末や大掃除のときにだけするものではないし,業務マニュアルは,なるべく早期にパイロット版を作成し,自分で実際にそのとおりに実行してみて,結果をフィードバックしながら改訂しておけば,本当に後任者に引き継ぐ際の不具合を減少させることができる。
   自分が突然居なくなっても,業務が支障なく遂行されるようにしておきたい。不慮の事故,急病,突然の異動,等の可能性を,常に念頭に置いて日々を過ごす。
5.2 引き継ぎは,口頭よりも文書で
   担当者の異動に伴う業務の引き継ぎは,後任者への一子相伝の口伝えではなく,文書のかたちで残すことがが望ましい。知識・技能が,直接の担当者以外にも共有財産として継承されるようにする。口誦伝承に任せていては,有用な知識・技能も,「語り部」(過去の経緯を知る「古老」,「生き字引」)が消え去るにつれて,失われてしまう。
   また,情報資源の共有化という観点から,後任者個人へではなく,部署に対して引き継ぐような姿勢をとりたい。
   異動転出の直前には,業務手順の申し送り文書の整備に努めることの方が,何日分かの定形業務を積み残すことになってでも,後任者の負担をはるかに軽減する結果になるのではなかろうか。
5.3 積み残し
   できもしない大仕事には中途半端に手を付けないことを,日頃からこころがけたい。といっても,それは,在任中に事なかれ主義で怠けているのが良い,という意味ではない。できる分量の小さな単位に分割して,小単位毎に完結させるべきだ,ということである。
   中途半端に着手して放り出した仕事がいくつも残っているのが,最悪なのである。どこまでが処理済で,どこからが未処理かが不明,手順・仕様の客観的な説明がない,前任者のやり方が,他人=後任者には,まるで賛成できない,というような場合,前任者の費やした時間と労力は,徒労であったのみならず,後任者に余分な確認作業を課し,むしろマイナスである。全く手を付ずけに棚上げしてあった方が,ましといえる。
5.4 業務処理
   合理化・効率化について常に意識し,省力化の方法を考えることは,重要である。むやみに長時間残業しなければ業務が流れていかないとしたら,それは,システム(人員配置,業務分担,作業手順)に問題があるのである。システムの不備を個人の努力で補完する状態を,慢性化すべきではない。人は,手が8本あるわけじゃなし,できる範囲のことしかできないのだから。
   無駄な時間と労力を,自らも費やさず,また,より一層重要なこととして,他者に余計な負担を課さないためには,どうしたら良いか,ということは常に念頭に置きたい。
   たとえば,夕方5時以降は,原則として他人に仕事を持ち込まないようにすること。一晩寝かせておけば朝陽を浴びて亡霊のように消え去る用件かもしれない。というのは,すぐに助力を求めて人の手を煩わせる代わりに,少し時間をおくことによって,その間に,より良い解決方法が思い浮かんだり,自力で解決できる課題だったことが判明することが,しばしばあるからである。
5.5 独創性
   「発想法」や「知的生産」方面の文献では,「独創性」や「ユニークな発想」が奨励されているようだが,「独創的な発想」は,われわれ凡人に本当に必要・有益なものだろうか。
   創造的な仕事も,堅実・合理的な基礎技能の上に築かれるものであって,むやみにユニークさだけを求めて実現するものではないはずだ。ユニークな個性というものは,意図してそうなろうと努力するような性質のものではなく,才能ある少数者が,期せずしてユニークになってしまうような種類のものではなかろうか。基本を堅実に押さえたうえで,にもかかわらず,はからずも結果として,そこから超え出て逸脱してしまうような。
   「独創的」であることは,実務の現場では,かえって,はた迷惑なだけではないだろうか。通常の事務は,一人で完結して仕事しているわけではなく,職場の複数の同僚との分担・協力のもとに遂行されるものである。あまりユニークな方法を身勝手に実行されては,往々にして,周囲の人々は,ついていけない。自分がいずれ異動転出することを前提に,癖のない処理手順を構築すべきである。後任者に使いこなせない,メインテナンスの困難なシステムを作ってはならない。

6. 本の読み方
6.1 本に書き込みをしない
   「読書法」や「知的仕事術」の類書には,本に線を引いたり書き込みをしたり,ページを折ったりしながら読むことを勧めているものが多い。これを真に受けてか,あるいは,何も考えずにか,公共の財産であるはずの図書館蔵書にまで,そのような扱いをする利用者があとを絶たない。困ったものである(注12)。
   書き込みに価値が出るのは,特別な大先生や有名人の場合だけであって,無名の一般人の書き込みは,単なる汚損であり,自分の頭の悪さを記録しているだけだということに,気がつかないのだろうか。
   自分の個人蔵書の場合も,本に余計な書き込みをすると,自分で再読する際にも,邪魔・目障りとなる。他人に貸し出す際も恥ずかしい。古本屋に売却する際の商品価値も低下させる。悪しき習慣を身につけてしまうと,他人から借りた本にまでついうっかりとか,図書館の蔵書についわざととか,日頃の癖が出るかもしれない。
   傍線引きや書き込みをしなくては,じゅうぶん読んだ気がしない,ということが習慣化してしまうと,借りて読むという行為自体に支障をきたす。購入による入手の可能な本の範囲は,出版物全体のうちの,ごく限られた,わずかな部分に過ぎない。借りて読むことをあらかじめ放棄し,読書対象範囲を自らむざむざ狭めてしまうのは,愚かである。
   文筆業や研究者といった,一部の特殊な人々の場合には,読みながら書き込んだ結果を,自身の著作活動の場にフィードバックして活かす機会があるのかもしれないが,読むだけで著述しない一般人が本に書き込みをして,何の益があるというのか。また,そもそも,いちいち傍線や書き込みをする必要のある図書が,どれほどあるだろうか。
6.2 書き込みをする代わりに,メモをとる
   記録が必要ならば,適当な別紙に,参照箇所のページ番号を付記したメモを書いていけば良い。原本に書き込むのに比べて,大した手間でもないはずだ。コメントを付記するスペースも広く使える。
   原本とは物理的に独立の文書の形で手元に保管した方が,後日の検索にも活用にも,よほど便利である。原本にただ書き込むだけで,検索手段を何も講じておかなければ,どの本のどこに書き込んだか思い出せなくなり,書き込みをしたこと自体が無意味になる。
   必要十分なメモを別紙上に自作しておけば,原本は手放すことができ,自分の手元に保管しておく必要がなくなる。
6.3 傍線を引く代わりに,筆写する
   本当に価値ある箇所をみつけたら,原本に印を付ける代わりに,ありあわせの紙にでも書き写すと有益である。手書きでもワープロでも可。一文字ずつ筆写する作業は,安易に機械でコピーするのと違って,内容の理解も援け,また,目でただ読んだだけでは見過ごしていた文字遣いや文体も含めて,よほど頭に入る。
6.4 自分の名前も書き込まないこと
   本文に書き込みをしないことと並んで,むやみに自分の名前を書き込まないことも勧めたい。自分の個人蔵書も,文書管理と同様に,処分のサイクルを組み込まないと,置き場所の不足に窮することになる。購入した図書で用の済んだものは,古書店に処分する(注13)。辞書・事典類や,特別な名著・古典を別格とすれば,将来再読する可能性の有無を判別基準とすることによって,大部分の図書は手放すことができ,身軽に暮らせるようになる。
   むやみに名前を書き込むのは,学校教育の初期,幼少の頃から,「持ち物には名前を書きましょう」などと教え込まれることの弊害と思う。他人の所有物と紛れたり,置き忘れた際のことが心配で,どうしても記名したい場合は,柔らかい鉛筆を使用すれば,消しゴムで消せる(ただし,紙質によっては,消しゴムで傷つけることがあるので注意)。紙ジャケット(いわゆる「カバー」)を着せて,そこに署名するのも良い。
6.5 読書記録
   ここでは,業務文書の管理ではなく,個人の私的読書記録について考える。
   人間の記憶は曖昧なもので,自分がいつ,どの本を読んだかを,正確に記憶し続けることはできない。そこで,頭の中の記憶はあてにせずに,読書記録を索引化しておくことを勧めたい。これは,読書感想文のようなものではない。既に読んだことのある図書の書誌事項を索引化し,今後何を読むべきかの選択の指針とするためのものである。
   この索引には,図書のみならず,雑誌記事,テレビ,ラジオ,映画,その他諸々のメディアについても記録していくと,有用である。ただし,無制限に何でも記録していくのでは,過大な労力と時間を要し,また,それに見合う利得も期待できない。自分自身が実際に遭遇したものごとの中から,各自の必要に応じて,選択的に記録していく。
   既刊・市販の参考文献が掲載している事項はそちらに任せ,既成品の文献のカバーしない部分を,相補的に自作する。ただし,往々にして,市販の参考文献は,データが不正確だったり,網羅性が不足だったりするので,自分の特に必要とするテーマについては,独自に記録を作成・維持して補完する必要もある。
   なお,筆者の場合は,ありあわせの白紙をA6判(郵便葉書よりも少しだけ大きい)に裁断したカードを人名順に排列し,記録を管理している。カードの保管場所については,以前は箱に並べていたがどうも扱いにくくて困っていたが,最近は,文庫本と一緒の書架に立てて並べている。また,カードを補助する日付順のノート(ありあわせの白紙をB5判に裁断し,ファイルしたもの)も併用している。

7. 文献リストについて
   市販の教養書(つまり,研究者が一般向けに書いた本)に所載の文献リストには,しばしば気になることが,いくつかある。
   ひとつは,刊年を付記してない場合が多いこと。図書館の目録は,受入年代によっていくつかのセクションに分かれていることが多いので,所蔵調査の際は,刊年は重要な手掛かりである。オンライン目録だけ検索すれば所蔵の有無の確認が完了するのか,カード目録をも引く必要があるのか,さらに,カード目録も年代によっていくつかの区画に分かれている場合がある。また,刊年が文献リストに付記してあれば,内容の新旧を推定する目安にもなる。
   また,叢書で,巻次を付記していない場合が多いことも気になる。読者が書店や図書館の書棚で探す際の時間と労力が最小になるような配慮を希望したい。
   主題内容による排列の文献リストも,しばしば見られるが,各著者の主観による漠然とした分類に基づいた列挙では,混乱する。一般に,ものを並べるときには,なるべく客観的秩序に従って排列することが望ましい。
   短い記事では,引用順の列挙でも支障ないが,文献が多数にのぼると,本文と独立に一覧しようとする際には使いにくい。まず著者名の順,同一著者の文献は,発表年または標題の順に排列してあれば,通覧しやすい(注14)。

8. 結び
   文書管理の重要性を,事務に従事する全職員が認識し,各自が実践することは,オフィス環境を快適化し,業務の効率および品質も向上させる。逆に,混沌とした文書管理状況下では,文書の探索に時間と労力を浪費したり,適時に必要資料が取り出せず,時機を逸することもある。
   情報を収集・蓄積し,利用しやすいように整理して提供することが,図書館の仕事の本質と思う。蔵書として利用者に提供する資料の整理法のみならず,一般業務文書の整理についての技術も,今後は,もっと開発・整備していきたいものである。
   本稿で筆者は,従来の類書で扱われていないトピック(セロテープ等)や,賛成できない部分(図書への書き込み等)について,焦点を合わせて述べてきたつもりである。
   筆者自身,実のところ,まだまだ試行錯誤の途上で模索している最中である。言うこととすることを一致させるのは難しい。たとえば,周囲の状況の変化に伴って,業務の実施方法を変更した際,マニュアルや規則も,遅滞なく改訂すべきことは,頭ではわかっていても,他の用務に追われているうちに,つい後回しにしたまま,月日が経過していくことがある。
   これまで述べてきた自説を,唯一最良の方法として他者に勧めるつもりはない。読者各自が,他の諸家の著作と読み較べ,各自の必要や適性に応じて適宜,取捨選択されることを希望する。



1) 作山(1995), p.197:
「文書管理者とはある組織内において,その組織により作成され受領された文書にかかわる諸活動を体系的に管理する責任をもつ人をさす.」
2) 野口(1993), p.45:
「整理の要諦が「捨てる」ことにあるのは,明らかである。ものを置く空間には物理的な限界がある。そうでなくとも,余計なものがあると,それが雑音になって,見つけにくくなる。「検索の効率を上げるために,不要なものを捨てよ」。整理法の本は,どれもこの点を指摘している。これは,まったく正しい。」
3) 梅棹(1969), p.170:
「ものごとは,記憶せずに記録する。はじめから,記憶しようという努力はあきらめて,なるだけこまめに記録をとることに努力する。これは,科学者とはかぎらず,知的生産にたずさわるものの,基本的な心得であろう。」
4) 野口(1995), p.229:
「心配ごとがあるとそれに気がとられて仕事が進まないことは,われわれがよく経験する。これは,ワーキングメモリの一部が心配ごとに占拠されるためであろう。仕事に集中するには,できるだけこうした事態を避けたい。」
5) 梅棹(1969), p.82:
「つんではいけない。なんでもそうだが,とくに本や書類はそうである。横にかさねてはいけない。かならず,たてる。」
6) 野口(1993), p.159-160:
「超整理法の対象は,個人用の情報システムである。 ... 対象が共用ファイルではないということである。 ... 。企業内の業務書類も,複数の人間が同一のファイルを使う。また,担当者が変わっても検索できなければならない。」
7) 「記録史料の保存・修復に関する研究集会」実行委員会(1995), p.214-215を参照
8) 池田(1992),特に p.89-94 を参照
9) たとえば,山根[ほか](1993)
10) 木下(1981), p.153:
「メモやノートの類でも,最初に必ずその日の日付 ― 年月日(・・・) ― を入れて書きはじめる ... <年>を入れることが大切だ.あとで「<年>を入れておいてよかった」と思うときがくる.」
11) 田中(1983), p.49:
「ポイントシステムといって,1 の次に 1.1.,その下に 1.1.1.という数字だけを使う方式があるが,小さい見出しの方が長いから目立つ矛盾があり,番号を付ける著者はらくかもしれないが,読者は不必要なケタ数を読まされる煩わしさと,幼児扱いを受けたような不愉快さのために嫌う人も多い。」
12) Richard de Bury(1344) 古田訳, p.136-137:
「字を書くことを覚えるや機会さえあれば分不相応な解説者となり,テキストの余白を見つけてはところかまわず異様なアルファベットで埋めてみたり,さらに何かほかの一時的気まぐれに襲われると,直ぐに本に書き込み始める恥知らずな者には,特に書物の取り扱いは禁じるべきである。下級生にしろ上級生にしろあるいはどのような人にしろ,教養を欠き,自分の才能を試そうとして豪華な書物の有用性と価値を損うのをしばしば私は見てきた。」
13) 呉(1987), p.181:
「・現実に,一度読んだ本の九割以上は二度と通読することはおろか,部分的な参照もしない。
  ・場所をとって困る。   ・古本屋で新しく本を見つけたり買ったりするという新陳代謝を促す。   というわけで,売る本と保存する本を分かつ基準は,再読・参照の可能性の有無ということになる。」
14) 木下(1981), p.162:
「ハーヴァード方式:「田中(1980)によれば……」というように著者名と発表の年(同じ著者が同じ年に発表した幾つかの文献を引用するときには,1980a,1980b,……のようにする)をしるし,文書の最後(長い文書では各章末)に第1著者の姓のABC順またはアイウエオ順に各文献の書誌要素をならべる.」
参照文献
林哲也(1997)「文書管理の試行錯誤 : 事務職員の立場から」 『情報管理40(2), p.150-156 より再編集)
Last updated: 2006/07/28