COMMENTS

ギャラリートーク動画 その2
11月2日に行われた山澤学先生によるギャラリートークの後半の動画をアップしました。

後半は北野神社文書の紹介から始まり、終盤には「鯰絵」「古今和歌集」「新古今和歌集」「住吉物語絵巻」と、当館で貴重図書に指定されている資料たちが続々出てきます。ぜひご覧ください。

「図書館を飛び出した書物たち」ギャラリートーク2
http://youtu.be/Ef2OoQjF1GE


そして、この動画を見て現物が見たくなった方は後1日しかありません!ぜひ中央図書館へ足を運んで本物をご覧ください。写真とは質感が違いますよ。

※ちなみに前半の動画はこちら。
「図書館を飛び出した書物たち」ギャラリートーク1
http://youtu.be/Y4RPQ6R5yOg
| 筑波大学附属図書館展示WG | 15:24 | comments (0) | trackback (x) | - |
『神皇正統記』起稿の地に行ってみた
展示番号3番『神皇正統記』は、14世紀(約670年前)に筑波山の麓であるつくば市小田で起筆されました。南北朝時代の頃といえば、歴史好きの方には足利尊氏や楠正成、お髭の後醍醐天皇の肖像が思い浮かばれるでしょうか。
著者は後醍醐天皇率いる南朝の重鎮・北畠親房です。京都の貴族だった親房ですが、南北朝の対立が激しい頃、劣勢を覆すべく東国に軍勢を求めて下向していたそうです。もっと詳しく言えば、実は伊勢からお船に乗って東国を目指していたら、嵐で仲間とはぐれ、常陸国(茨城県)に流れ着いたらしいです。(かわいそう・・・。)
当時、周辺を治めていた小田氏の元に身を寄せた親房(推定47歳)が、「後醍醐天皇(南朝)は、正当なんだ!」という根拠として書き始めたのが、『神皇正統記』でした。[参考:「日本大百科全書」小学館発行]

“筑波大学の近くに展示品ゆかりの地がある!”ということで、9月某日、企画展メンバー有志で史跡「小田城跡」に行ってきました。まだ残暑厳しい頃で、緑陰がまぶしい日でした。あんまりにもお天気がよくて、写真が逆光気味なのはご容赦ください・・・。



「小田城跡」看板の右側に見えるのは、筑波山です。城跡全体はあまり大きく感じられず、お堀もそんなに深くないように見えます。周辺は田んぼに囲まれ、バッタやトンボがたくさんいて、とてものどかな雰囲気でした。この静かな地で、都人だった親房はどんな想いで過ごしたのでしょうか。

私たちの一番のお目当てだった「神皇正統記起稿之地」と書かれた石碑は、遺跡整備工事のために移動されていて見当たりませんでしたが、小高い丘のようになっている本丸跡には2メートル超えの大きな石碑が堂々と建っていました。





ちなみに、本丸跡のすぐそばにサイクリング道路「つくばりんりんロード」が通っていて、かっこいい自転車に乗っている人たちをたくさん見ました。周辺は民家が多く、自動車だとナビシステムがあってもちょっと迷うかもしれないので、興味&体力のある方は自転車で訪れるのもおススメです。
企画展で『神皇正統記』をじっくり見た後に、その起稿の地を訪れて歴史のロマンに思いをはせるのもいいかもしれませんね。
| 筑波大学附属図書館展示WG | 16:52 | comments (0) | trackback (x) | - |
『女歌仙新抄』、忘れられていた稀本
展示番号24番の『女歌仙新抄』(おんなかせんしんしょう)は、浮世絵の祖ともいわれる菱川師宣の画がふんだんに楽しめる本です。女流歌人の歌仙絵とともに、注釈と歌の意味を表した絵を付しているところが、鎌倉時代からの伝統を踏まえながらも、江戸時代の雰囲気が感じられるところです。

当館では貴重書には指定されず、いわば「忘れられていた本」でしたが、今回の企画展のネタ元である過去の利用申請書を探っていたところ、『天理図書館善本叢書 師宣政信絵本集』刊行の際に、天理図書館本の落丁補完のため当館所蔵本の画像が使用されていたことがわかり、再発見されました。
なんと、当館と天理図書館にしか現存しない本なのです。



当館本は刊記(今の本でいう奥付)がないため、OPAC(蔵書目録)で「出版年不明」とされていたのですが、天理本の刊記から天和2 (1682)年と推定することができました。

ところで、この本は東京教育大学時代まで使っていた旧分類(ル218-17)の本ですが、昭和9(1934)年発行の前身校目録『東京文理科大学附属図書館和漢書分類目録』にはありませんので、それ以降に蔵書になったものです。

「図書原簿」という事務用の図書管理簿が残っているはずですので、倉庫に行って探してみたところありました!



下から4行目です(「208164」という前身校の登録番号が本自体に記入してあり、この番号で探せます)。

ここには、「天和二年 江戸板」とも書かれています。購入先の古書店からの情報でしょうか?
江戸版とすれば、天理本の刊記に「山形屋」とともにある山形の商標の一部が、江戸通油町にあった山形屋市郎右衛門のものと似ている感じです。今回は確証がないため出版地の推定を見送りましたが、専門の方にご判断いただきたいところです。(oz)
| 筑波大学附属図書館展示WG | 11:57 | comments (0) | trackback (x) | - |
このページの先頭へ
CALENDAR
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
<<前月 2017年06月 次月>>
POWERED BY
POWERED BY
ぶろぐん
SKIN BY
ブログンサポート
OTHERS
このページの先頭へ