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ミニ展示
筑波大学附属図書館研究開発室の「附属図書館における貴重資料の保存と公開」プロジェクトは「保存」と「公開」の2つのサブプロジェクトから構成されています。
今年度の特別展「知の開拓者たち」は「公開」サブプロジェクトの活動の一環ですが、特別展開催に合わせ、「保存」サブプロジェクトの活動の成果もミニ展示の形で簡単に紹介しています。



今回展示されています資料は、東日本大震災のときに津波により被災した岩手県山田町の資料約300点の一部です。資料の状態調査と保存修復処置(フラットニングおよび補修処理)、および燻蒸処理を行いました。



昨年の11月7日にフラットニングの次のステップの補修処理をしているところを見学させていただきました。
補修処理をしていたみなさんは、芸術系の松井敏也先生と紙本修復家の坂本雅美さんのご指導のもと、和紙とメチルセルローズを用いて慎重に修復を行っていました。


| 筑波大学附属図書館展示WG | 16:12 | comments (0) | trackback (0) | - |
開拓者よもやま話 第7講 「桐の葉」いろいろ
図録に掲載されています特別展を企画された先生によるコラム「開拓者よもやま話」の続編をご紹介します。
第6講までの内容は、特別展のページからもご覧いただけます。
http://www.tulips.tsukuba.ac.jp/exhibition/pioneer40/zuroku.html

開拓者よもやま話 第7講 「桐の葉」いろいろ 

 図録の「開拓者よもやま話」は、誌面の関係で字数に制約があり、また、第6講までしか掲載できませんでした。そこで、ブログを活用し、その続編を書くことにいたしました。

 まずは、第1講(図録p.9)で取り上げた筑波大学の校章「桐の葉」についての“補講”から開始したいと思います。




 スクールカラーである筑波紫を基調とする現用の「桐の葉」(上図左)は、平成10(1998)年の創立25周年のさいに、三田村官Ψ歃儚愀篭擬・芸術専門学群長を代表とする筑波大学CI計画ワーキンググループによって検討され、同学系の西川潔・穂積穀重両教授の尽力によって、東京文理科大学の校旗の紋様を基にして定められました。この事業では『筑波大学視覚表現システムマニュアル』(1999年)も作成されました。(http://www.tsukuba.ac.jp/about/logomark.htmlを参照。)

 しかし、それ以前の本学関係者になじみがあるのは上図中央の「桐の葉」でしょう。これは、筑波大学評議会によって昭和49(1974)年に「東京教育大学の伝統を引き継」ぐとして定められた校章です(『速報つくば』196号)。その東京教育大学で用いられた「桐の葉」は、右の形でした(『東京教育大学概要』昭和52年度閉学記念特集、1978年)。



 今回の特別展で参考資料として活用した資料の一つに、昭和13(1938)年度の東京文理科大学卒業アルバムである『卒業記念』(1938年)があります。その布地の表紙には、東京文理科大学でのデザインによる銀製の「桐の葉」が輝いています。なるほど、上部に並ぶ五三の桐の花の部分がデザイン全体に占める割合は小さいものの、下部の葉の部分は、現用の「桐の葉」に近い図様です。

 第1講で述べましたように、「桐の葉」の校章は明治36(1903)年7月に誕生しました。『東京高等師範学校一覧』自明治36年4月至明治37年3月(1903年)に掲載される東京高等師範学校の「生徒服制」(明治32(1899)年6月8日伺定、同33(1900)年9月・同36年7月改正)には、徽章について、「全形五三ノ桐葉形ヲ金色トシ、中央ニ高師ノ二字ヲ磨キトス(全形竪一寸一分・横一寸一分五厘)」と記されています。また、昭和4(1929)年に開学した東京文理科大学においても、「学生心得」中の「服装規定」に、男子学生の「紐止釦(ひもとめぼたん)」は「五三桐葉形、直径四分丸、中央ニ「LS」ヲ磨出ス」、「襟章」は「五三桐葉形、中央ニ「LS」ヲ磨出ス、金色、左襟ニ一個ヲ附ス、縦五分六厘・横六分」、女子学生の制服は「左襟ニ本学ノ襟章ヲ附スルコト」と定められています(『東京文理科大学・東京高等師範学校・第一臨時教員養成所一覧(昭和4年度)』、1929年)。「LS」はLとSを重ねたもので、Literature and Science、すなわち「文理科」の意です。



 東京高等師範学校の「桐の葉」の形も、これまでに取り上げた「桐の葉」の紋様と少し異なります。上図左は『東京文理科大学・東京高等師範学校・第一臨時教員養成所一覧(昭和4年度)』(1929年)から東京高等師範学校帽章の図です。中央は『卒業紀念(東京高等師範学校卒業アルバム、昭和5年度)』(1930年)表紙にある「桐の葉」です。右は『東京高等師範学校創立六十年行幸記念写真帖』(1932年、個人蔵)の表紙にある「桐の葉」です。

 なお、本学附属学校のうち、附属小学校・中学校・高等学校・坂戸高等学校・視覚特別支援学校・聴覚特別支援学校・大塚特別支援学校・桐が丘特別支援学校・久里浜特別支援学校の校章にも「桐の葉」が使用されています。第1講で述べましたように、附属小学校の前身である高等師範学校附属学校で採用されたのは、明治21(1888)年9月までさかのぼります(『東京教育大学附属小学校教育百年史―沿革と業績―』、1973年)。

 附属図書館に所蔵される前身校およびその卒業生に関係する図書を見ていると、このようにいろいろな「桐の葉」を発見できます。

 ところで、筑波大学の関係者には、次にあげる「桐の葉」の方が懐かしいという方がいらっしゃるかもしれません。



 筆者の記憶では、平成2(1990)年ころまで筑波大学書籍部で販売されていた徽章やレポート用紙などに、上図左の抽象的な「桐の葉」が使用されていました(ここでは『筑波大学新聞』192号掲載の図版からトレースした図を掲げました)。この「桐の葉」は、名刺にもしばしば用いられていました。また、上図右の葉脈を省略した「桐の葉」は、筑波大学陸上競技部の『部報』4号(1991年)の表紙からお借りしたもので、同部のユニフォームに長年使用されてきたものです。五三の桐葉形を凌駕(?)した、この大胆なデザインの「桐の葉」は、これまた曖昧な記憶で申し訳ないのですが、かつて筑波大学体育会に属するいくつかの運動部(課外活動団体)で使用されていたように思います。

 本特別展の準備中に、上述した昭和13年度の東京文理科大学『卒業記念』の内容を特別展WGの皆さんと一緒に確認したところ、当時の陸上選手の写真が貼り込まれていることに気づきました。このころに東京文理科大学・東京高等師範学校で作られた卒業アルバムには、各自が好きな写真を張り込める台紙が付いていました。附属図書館に所蔵されるこのアルバムは、とある個人から本学関係資料として寄贈を受けたものですが、その台紙に写真が多数貼り込まれています。正しく世界に1冊しかない貴重なアルバムです。その写真の1枚を次に紹介しましょう。


<拡大画像クリック> 

 これは、陸上選手と顧問教官を写した記念写真なのでしょうか。場所は東京文理科大学の運動場に見えます。この写真の右手に写る建物は、運動場の南側にあった、昭和8(1933)年竣工の附属図書館(図録p.28 参考資料12、p.30参考資料13)です。中央に見える顧問教官は、後に東京体育専門学校長に就任する野口源三郎教授(図録p.10 資料9)のようです。野口は、大正9(1920)年のベルギー・アントワープ五輪で主将を務めた、日本を代表する有名な陸上選手(十種競技)であり、指導者でした。そして、彼を取り囲む9名の選手のユニフォームには、かの「桐の葉」が染めぬかれているではありませんか!この大胆な「桐の葉」も、立派に伝統を背負ったものであることがうかがえます。むしろ、関係者にとっては、これこそが母校の「桐の葉」に外ならないはずです。

 本特別展の図録p.11には、東京農業教育専門学校や図書館短期大学・図書館情報大学の校章も掲載しました。附属図書館の図書から見つけた、いろいろな「桐の葉」やこれらの校章を見ていると、けっして一律ではない、多種多様な母校愛が感じられます。

 最後に、「桐の葉」以前の校章についても言及しておきたいと思います。明治33(1900)年9月6日改正の「生徒服制」によって定められたのは、「高師ノ二字ヲ金色磨キトシ、竪一寸・横六分五厘」(『高等師範学校一覧(自明治三十四年四月至同三十五年三月)』)の徽章です。また、その改正以前には、「桐の葉」と同じく天皇家の紋章である十六葉菊が用いられており、「生徒服制」には「菊形、径一寸一分、但シ篆字ニテ本科生ニハ高師、専修科生ニハ高専、撰科生ニハ高撰ト区別記載ス」(『高等師範学校一覧(自明治三十一年四月至同三十二年三月)』)と定められています。わずか3年ほどの期間に、十六葉菊から高師の文字へ、高師の文字から「桐の葉」へと変更されたことになります。これらの変更は、日清・日露戦争の戦間期という時代情況が関わっているかもしれません。




 また、校章に準じた標章もあったようで、東京高等師範学校の昭和5年度卒業アルバムである『卒業紀念』(既出)の裏表紙には、上図のような紋様が見えます。T.H.N.S.とは、東京高等師範学校の英文標記であるthe Tokyo Higher Normal Schoolの略称です(TokyoはTokioとも表記)。しかし、その事情を物語る文献は見つかりませんでした。

 前身校はおろか、筑波大学の校章についても、不明な点が少なくありません。まさに「文献徴するに足る」(図録p.11資料12)という今澤慈海氏の書の意味を思い知らされます。ご存じの方がいらっしゃったら、ぜひとも御指導をいただきたく思います。

……「よもやま話」というより「与太話」となった第7講はここまで。
(山澤 学)
| 筑波大学附属図書館展示WG | 15:57 | comments (1) | trackback (0) | - |
展示風景
特別展4日目を迎え、230名余りの方にご来場いただいております。

順路は右手から。



現在、大学のホームページからも紹介されている、『蒙古襲来絵巻』は奥の展示ケースの中です。

奥まで進んで振りかえると、展示ケース内にそびえ立つ巨大な額が!



今回の目玉の一つ、東京文理科大学第二代図書館長の諸橋轍次先生の書です。(『大漢和辞典』でおなじみの、あの諸橋先生です。)

会場では、図録を配布しています。



今回は、展示内容にプラスして、企画されたMY先生によるコラム「開拓者よもやま話」や、図書館の記録をまとめた資料編も掲載。
内容は、特別展のページからもご覧いただけます。
http://www.tulips.tsukuba.ac.jp/exhibition/pioneer40/zuroku.html
| 筑波大学附属図書館展示WG | 11:03 | comments (1) | trackback (0) | - |
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