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開拓者よもやま話 第8講 「教育に関する勅語」のゆくえ
お待たせしました! 山澤先生が「開拓者よもやま話」の続編、第8講をご用意くださったのでご紹介いたします。

※第6講までの内容は、本展の図録でお読みいただけます。
※第7講「『桐の葉』いろいろ」はこちらをご覧ください。


開拓者よもやま話 第8講 「教育に関する勅語」のゆくえ

 たいへんありがたいことに、当特別展に関心をいただき、質問・感想を数多くお寄せいただいております。そのなかに、東京文理科大学・東京高等師範学校に所蔵されていた「教育に関する勅語」(以下、教育勅語と略記する)の所在についての御質問が複数ありました。今回は、その教育勅語について、前身校との関係を紹介しつつ、また、そのゆくえについての御質問にお答えいたします。

 教育勅語は、明治23(1890)年10月30日に明治天皇の御名御璽(天皇の署名と「天皇御璽」の朱印)をすえて渙発されたもので、昭和23(1948)年に失効するまで、国民道徳の根本規範に位置づけられていました。その間には、四大節、すなわち1月1日の四方節、2月11日の紀元節、天皇誕生日である天長節、明治天皇の誕生日である11月3日の明治節という4つの祝祭日に、校長が生徒に読み聴かせました。
 東京文理科大学・東京高等師範学校が昭和16(1941)年に出版した『創立七十年』によれば、当初、渙発のさいに、明治天皇が高等師範学校に行幸して勅語を下賜することになっていました。しかし、宮中の都合によって行幸が中止され、内閣総理大臣山県有朋・文部大臣芳川顕正を宮中に召して下賜することになりました。
 『東京茗溪会雑誌』95号(1890年)によれば、高等師範学校では、11月16日に勅語捧読式を挙行し、その後に中村正直が忠孝、南摩綱紀が孝行、伊澤修二が聖旨貫徹の方法について講演しました。さらに伊澤から茗溪会に教育勅語の写670枚余が寄附され、会誌『東京茗溪会雑誌』95号に折り込まれて茗溪会員に配付されました。次の写真がそれです。

 同年12月25日には、高等師範学校に「御親署」の教育勅語が下賜され、続けて翌24年2月18日に教育勅語の謄本が文部省から交付されました。
 「御親署」の教育勅語とは、謄本・写のように「御名御璽」と墨書されるのではなく、「睦仁」(明治天皇)の直筆署名があり、「天皇御璽」の朱印が押された勅語で、かかる下賜は稀なることでした。以後、卒業式の当日に、卒業生は校長による捧読を聴いた後に、校長室に奉安された「御親署」の教育勅語を拝することが例となったといいます。また、高等師範学校・東京文理科大学の創立記念日は教育勅語が渙発された10月30日とされました。茗溪会は、明治神宮外苑の聖徳記念絵画館にある明治天皇を顕彰する壁画のうち「教育勅語下賜」の図を昭和2(1927)年5月に寄贈しています(『創立六十年』、『創立七十年』)。

 「御親署」の教育勅語は、昭和3(1928)年1月に茗溪会から御真影奉安庫が占春園に寄贈、新設されると、天皇・皇后の肖像写真である御真影とともに、その庫内で保管されました。奉安庫は奉安所、奉安殿とも称され、次に掲げる「東京文理科大学略図」(『東京文理科大学・東京高等師範学校一覧』昭和11年度)にも見えます。

(占春園付近の抄出)


(御真影奉安所付近を拡大。昭和6年の「行幸記念碑」も見える。)

 その外観は、東京文理科大学の昭和13(1938)年度卒業アルバム『卒業記念』のうち、地理学科の記念写真に見えます。

(右手奥が御真影奉安庫。前列左より順に桝田一二助手、吉村信吉講師、内田寛一助教授、田中啓爾教授、今村學郎助教授、福井英一郎助手、後列左より順に慳醴莽砂手、三野(石川)與吉副手)

 この奉安庫には、そのほかに高等師範学校・東京文理科大学に下賜された天皇の勅語(沙汰書)も収められていたといいます。
 第1講でも述べましたように、天皇は行幸のさいに勅語を下しました。明治19(1886)年5月18日のさいの明治天皇の勅語は、「本日親シク此校ニ臨ミ、教務改良・諸事整理ノ緒ニ就クヲ見ルハ、朕カ甚タ嘉ミスル所ナリ、教官等ノ勉励ニ因リ、将来益進歩スル所アランコトヲ望ム」というもので、『創立七十年』の巻頭グラビアに写真掲載されています。


 明治44(1911)年10月30日の皇太子嘉仁親王を名代とする行幸では、明治天皇から「御沙汰」と題された「健全ナル国民ノ養成ハ普通教育ノ振興ニ俟ツ、其ノ局ニ当ル者益々励精セヨ」との勅語が出されました。
 さらに昭和6(1931)年10月30日の昭和天皇の行幸では、「健全ナル国民ノ養成ハ一ニ師表タルモノノ徳化ニ竢ツ、事ニ教育ニ従フモノ、其レ奮励努力セヨ」との「勅語」を賜りました。これは、行幸の翌年10月30日に除幕された「行幸記念碑」(図録p.9 参考資料3)に刻まれています。なお、この碑の裏面には、題字が宮内大臣一木喜徳郎、撰文が東京文理科大学長・東京高等師範学校長大瀬甚太郎、書が東京高等師範学校講師田代其次とあります。また、東京文理科大学内に設立された道徳教育協会の会誌『道徳教育』創刊号(1932年)では、その巻頭グラビアに、同会会長であった元校長嘉納治五郎によるこの勅語の写が下記の写真のように載せられました。これは嘉納治五郎71歳の書です。


 このように、「御親署」の教育勅語やこれらの勅語は、御真影奉安庫に収められていました。ところが、これらは、昭和20(1945)年8月15日に終戦を迎えると、行方不明になりました。何者かが同日深夜に持ち出したようで、翌朝の庫内はもぬけの殻でした。そして、間もなく奉安庫も解体され、姿を消しました。
 御真影や勅語は、重大事に持ち出す係があらかじめ決められていたと言い、昭和20年5月25日の空襲時に実行されたそうです(松本利一郎「桐花寮の最後を見とどけた者として」『茗溪』926号、pp.5-6、1975年)。戦勝国が御真影や勅語をどのように扱うのか、不安を抱え、避難させた者がいたのでしょう。他所での事例のように、その後に処分されてしまったのか、あるいは現在もどこかに秘匿されているのか、そのゆくえは68年の時を経ても詳らかでないようです。したがって、本学には伝えられておりません。

 なお、小稿執筆にさいし、本学附属図書館元館長の山内芳文名誉教授から貴重な御教示をいただきました。記してお礼申し上げます。
(山澤 学)
| 筑波大学附属図書館展示WG | 15:14 | comments (7) | trackback (0) | - |
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