電子展示

展示資料をご紹介いたします。一部資料は電子図書館上で全文をご覧いただけます。
サムネイルはクリックで拡大表示します。拡大画像右下の×印をクリックすると一覧画面に戻ります。


第2部 『源氏物語』の知識化

 平安時代に紫式部が著したとされる『源氏物語』は、江戸時代、出版業者などにとって、もっとも有力なコンテンツの一つであった。『源氏物語』は、本文そのものがテキストとして出版され、関連商品として、挿絵を入れたもの、註を付したものなどが出版された。 また、『源氏物語』は、なにぶんにも大部な物語なので、内容だけは教養として知っておきたいという人のための「あらすじ本」も出版された。現代でも、単に内容がわかればよい場合は、簡単にまとめたもので済ませていることが多いようである。
 「源氏物語知識(教養)」が形成されていくうえで、それを端的にあらわすものとして往来物(いわゆる学習テキスト)が、寺子屋など学習施設や家庭教育で用いられるようになり、膨大な資料が出版された。『源氏物語』の巻名の由来となった「源氏引歌」、ビジュアル化した『源氏物語』の一場面の絵「源氏絵」、そして単純記号化した「源氏物語香の図」などにより、最低限の知識を得られるようになっていく。そしてこれらは、多くの出版物に、繰り返し掲載され、一般教養化していくのである。
 江戸時代の出版者とその依頼を受ける絵師は、『源氏物語』の軽薄短小化された知識が、広く共有化されていることに目を付け、『源氏物語』を「遊び心」をもってリメイクした。「源氏絵」というジャンルの浮世絵は、こうした『源氏物語』の知識化という背景なくして誕生しなかったともいえる。そもそも長編物語だった『源氏物語』が、要約されることで短くなり、それを引歌ですませ、ついには巻名と絵になり、最終的に五本線となり、いわば「源氏物語ブランドロゴ」となった。
 第2部は、知識化のありようを紹介するとともに、『源氏物語』の究極の軽薄短小化「源氏香の図」が、『源氏物語』を象徴するブランドロゴとして用いられた例を紹介する。

『池鯉鮒』 源氏物語を読む婦人

(個人蔵)
渓斎英泉(1791-1848)「美人東海道」シリーズの一つ『池鯉鮒』である。風景画と美人画を組み合わせたシリーズ物(揃物)が刊行されることがあった。この作品はその一枚である。『池鯉鮒』といえば『伊勢物語』なのだが、この作品では、眉を剃った女性が様々な色恋沙汰が描かれた『源氏物語』を読んでいる。英泉は、隠号を「淫乱斎」と号しただけあって妖しい美人画を描くことで知られていた。
  

『永操百人一首』 源氏目録歌並香圖

(個人蔵)
江戸時代、女性の基礎教養の一つは「百人一首」であった。この時代に刊行された女性向け教養書には、書名に「百人一首」を含むものがたくさんある。出版社は、売れ行きを伸ばすために、核になるコンテンツに「おまけ」のコンテンツを付けた。『源氏物語』もその一つである。『永操百人一首』では、「源氏物語の知識」を見事に見開きにコンパクトにまとめている。
  

柳屋の広告

(個人蔵)
現在も続く化粧品メーカーの老舗「柳屋」の広告用パンフレット「柳家しらべ」である。左側上段右に描かれた香水瓶のラベルに源氏香の図が用いられている。中折りしたままだと、女性が斜め上を見ているだけの構図だが、開くと商品を見ている図になる。化粧品メーカー「柳屋」のホームページでは、現在でも源氏香の図が使用されている。
  

『江戸自慢三十六興』 佃沖

(個人蔵)
歌川広重による浮世絵である。和歌の名人36人を一括りにして「三十六歌仙」という。その36を一つの揃い物とする浮世絵がしばしば刊行された。この作品も江戸で自慢できる36の面白いもの、という企画で、シリーズタイトルを『江戸自慢三十六興』とした。佃煮で知られる「佃沖」では、右下の容器に香の図の模様が用いられている。現在でも、着物や帯の柄、和三盆で作られた干菓子などに香の図がよくみられる。
  
  

『其ゆかり鄙のおもかけ』 三編下
『教草女房形気』 九編上

(個人蔵)
誰にでもわかるように記号化されたデザインが「源氏物語香の図」である。もとは香道で識別に使われるという用途の図であったが、『源氏物語』の巻名を表す記号として用いられ、さらに五本の縦線が「王朝の雅」の記号として、多くのものに使用されるようにもなった。『其ゆかり鄙のおもかげ』では、巻名と香の図を記した貝の模様を敷き詰めたデザインが、『教草女房形気』ではマス目に香の図を配したデザインが用いられている。